【符号理論 vol.6】有限体(素体)への入り口
これまでの学習で、符号理論には線形代数の知識が深く関わっていることを見てきました。今回は、さらにその根底にある数学的な構造、「有限体(ゆうげんたい)」について整理します。
「体(たい)」という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、私たちが普段自然に行っている「四則演算」ができる数学的な世界のことを指します。コンピュータや通信の世界で計算を行うためには、この「体」を有限の範囲で定義する必要があります。

1. 代数系とは?
まず、議論の舞台となる「代数系」について定義しておきましょう。
代数系とは、ある「集合 」と、その要素間で行われる「演算()」の組のことです。 例えば、私たちがよく知っている「実数全体の集合 」と「足し算 、掛け算 」の組み合わせ は代数系の一つです。
「閉じている」という性質
代数系において重要な概念の一つに、演算が「閉じている」というものがあります。
集合 の中のどんな要素 を選んで演算を行っても、その結果が必ず元の集合 の中に含まれるとき、その代数系は「閉じている」と言います。
- 閉じている例: 整数同士を足しても整数なので、整数の集合は加法について閉じています。
- 閉じていない例: 自然数(正の整数)同士を引くと、負の数(自然数ではない)になることがあるため、自然数の集合は減法について閉じていません。
2. 群(Group)の定義
代数系の中でも、特に良い性質を持つものを「群」と呼びます。ある集合 と演算 の組 が群であるためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 閉じている: 演算結果が集合 に含まれる。
- 結合法則: が成り立つ。
- 単位元の存在: 演算しても相手を変えない要素 がある。(例:足し算なら 、掛け算なら )
- 逆元の存在: 演算すると単位元になる要素 が、すべての要素 に対して存在する。(例: に対して )
例えば、整数の集合 は、足し算について群です( が単位元、 の逆元は )。 しかし、自然数の集合 は群ではありません。足して になる相手(マイナスの数)が自然数の中に存在しないからです。
3. 体(Field)とは?
群の概念を拡張し、2種類の演算(通常は加法 と乗法 )を持つ代数系を考えます。 以下の条件を満たすものを「体(Field)」と呼びます。
- が加法について群である(可換群)。
- が、 を除いて乗法について群である。
- 分配法則 が成り立つ。
シンプルに言うと、「四則演算(足し算、引き算、掛け算、割り算)が自由にできる世界」のことを体と呼びます。
- 有理数 、実数 : これらは「体」です。
- 整数 : これは「体」ではありません。なぜなら、掛け算の逆元(割り算の結果)が整数の中にない場合があるからです(例: の逆数は だが、これは整数ではない)。
4. 有限体と素体
コンピュータの世界では無限の桁数を扱えないため、要素の数が有限個である体、すなわち「有限体」を扱う必要があります。ここで登場するのが、剰余(mod)の考え方です。
mod 演算の世界
整数 で割った余りの集合 を考えます。 この世界で、足し算と掛け算が「体」の性質(特に割り算=逆元の存在)を満たすかどうかは、 の選び方にかかっています。
合成数 の場合
を考えます。 このように、0でない数同士を掛けて0になってしまう場合、割り算(逆元)が定義できません。したがって、 は体ではありません。
素数 の場合(素体)
ここで、 が素数 である場合を考えます。 素数 を法とする演算では、以下の重要な性質が成り立ちます。
「 と互いに素な整数 に対し、 となる が必ず存在する」
これは初等整数論(ユークリッドの互除法など)から導かれます。 の 以外の要素はすべて と互いに素であるため、すべての非ゼロ要素に逆元(逆数)が存在することになります。
つまり、素数 を法とする代数系 は「体」になります。これを特に「素体(Prime Field)」と呼びます。
代表的な素体:GF(2)
符号理論やデジタル回路で最も重要なのが、素数 とした、あるいは と表記される体です。
要素は の2つだけ。
- 加法: (XOR演算と同じ)
- 乗法: (AND演算と同じ)
この単純な「0と1の世界」が、実は数学的にしっかりとした「体」の構造を持っているため、複雑な計算や誤り訂正が可能になるのです。
まとめ
- 四則演算ができる代数系を「体(Field)」と呼ぶ。
- 有限の要素で体を構成するには、素数 を法とする「素体 」を利用する。
- 素数 の世界では、割り算(乗法の逆元)が一意に定まることが保証されている。
次回は、この有限体の性質を使って、実際にどのように符号が構成されるのかを見ていきたいと思います。